こんにちは。
この前の7月末に舞台「惡の華」を見てきました。
ちょうど千秋楽でした。
詳細は以下!
このキービジュアルみてビビっときた。
良いなあ。たまらんなあ。
裸ネクタイの主人公にきっと自分のものであろうネクタイを結んでいる。
その絡まり方はきっとメタファーだろう。
いや、事実原作を知ってしまっているだけにおれは悶々としてしまうのだ。
物心付いて自発的に舞台を見に行ったのは初めてだった。
だからはじめてを惡の華にささげることが出来たことに快哉を叫ぼう。
惡の華といえば別冊マガジンで連載していた漫画である。
主人公の「春日高男」は少し陰気な読書好きの少年。
けれど、取り立てて他の男子と違うというわけでもない。
その男の子はふとしたきっかけで自分の好きな女の子の体操着を見つけてしまう。
誰もいない放課後。
外の運動部の声だけが木霊する。
「ダメだ・・・なにやってんだ・・・やめろよ・・・。」
自制の声も空しく体操着を手に取り、その匂いを一心に嗅ぐ。
「ああ・・・シャンプーの匂い・・・。」
恍惚とする高男。
「ゴトッ」
突然鳴る物音。
慌てて立ち去る高男。
慌てすぎてしまったのだ。
その体操着を胸に忍ばせ、家路につく。
惡の華が咲いた瞬間を見られてしまったことに気付きもせずに・・・。
上記は1巻を思い出しながら書いたあらすじである。
クソ面白いので、ぜひ読んでもらえたらなあと思う。
ちなみに惡の華はかの詩人ボードレールの詩集からとった題名である。
おれもまだ読んだことがない。
というわけで、舞台の話に戻ろう。
結論から言うとね。
最高。
ということなんですけど、じゃあどういう風に最高だったかということですよね。
女の子がカワイイ!!!!
という意味でも最高だし、
演出が最高!!!!
という意味でも最高だった。
なんかフザけて聞こえると思うんだけど、気持ちよく叫びたかったからね。
ごめんね。
女の子がカワイイということなんだけど、
これちょっと意味をこめてるんですね。
原作をきちんと意識した役作り。
個性を壊さないように演技をしつつ、その役は自分にしかできないという
強い思いを感じた。
ヒロイン二人は以下の二人。
佐伯奈々子役の秋月成美さん。(画像左)
仲村佐和役の花奈澪さん。(画像右)
写真は花奈澪さんのツイッターより拝借したものです。
キャラクターの魅力って本当にすごいものなんだと思ってます。
それを自分の力で更に引き上げようとする熱意。
理解しようと思う気持ち、努力。
尋常じゃないな、素直に思ってしまいました。
おれより年下の子たちがこれほどまでに熱心に頑張っている。
なんか熱いものがこみあげましたね。
おれは仲村さんのことが原作でも好きで仕方がないんだけれども、
舞台を見て更に感動してしまった。
「あの仲村さんが現実に存在している・・・。」
それほど魂が乗り移っていました。
余計好きになってしまった。
演出なんかは舞台装置を活用して無駄がない。
考えれば考えるほどアイディアって存在しているんだなって思った。
舞台袖も、天井も、ハシゴも。
全部が舞台の一部なんだってはっきりとわかった。
今回は「劇団た組。」さんによる舞台だったそうですが、
なんと脚本と演出の加藤 拓也さんは1993年生まれなんですよね。
おれよりいっこしたです。
おれよりよっぽど血の滲む努力をして、作品を作り上げたんだろうな。
本当に称賛しかできない。
https://takumi.themedia.jp/pages/204963/page_201511221258
惡の華は中学生編、高校生編と考えていいと思います。
今回の舞台では中学生編まででした。
「たぶんここまでやろうなー」と思ったドンピシャの終わり方をしたので
本当にわかってるなー加藤さん何者なんやろなーとちょっと上から目線の評価を
してしまいました。
凄かった。
舞台って、こんなに近くて、こんなに素敵なんだな。
ところで、知らなかったことなんですが舞台ってチェキが撮れるんですね。
恥ずかしくて申し込めなかったけど、次回の機会では撮れたら良いなと思います。
あまりに素晴らしくってパンフレットを買いましたよ。
先ほどのキービジュアルの裏側が乗っていました。
高男の後ろでヒロイン二人が手を繋いでるんです。
これだけは写真乗せたくないので申し訳ありませんが!
熱意が冷めないうちにネットカフェに行って惡の華全巻読み直して
「ああ~最高だなあ。」と思った。
作者の押見先生の一言にこんなものがあった。
「思春期は勝手にやってくるけど、終わりがない。
だから、自分で決めなければならない。」
なるほどなー。おれはまだ終わってないなぁと痛感した。
早く大人になれるといいなあと思います。
今日はこの辺で。